本田圭佑特集!「日本サッカー新時代」2010 前編 [本田圭佑]
2010年12月に放映された、
日本代表メンバーが特集された番組「日本サッカー新時代 ~2014年への旅~」。
この番組は2010年から毎年、
年末もしくは年始に放送されています。
今回はその番組内の、
「本田圭佑 完全密着!500日」の部分を見ていきたいと思います。
ちなみにNHKのプロフェッショナルという番組でも、
「密着”世界一”への道 500日の記録」という本田圭佑選手の特集が組まれていましたが、
あれとは別の番組です。
ナレーション:日本代表、本田圭佑に聞いてみた。
「ワールドカップとは?」
本田選手:初めて僕が小学校の時に、
夢として持ったもの。
でサッカーを始めたきっかけも、
ワールドカップですね、はい。
ナレーション:2010年、南アフリカワールドカップ。
ベスト16という快挙を成し遂げ、
男は世界にその名を知らしめた。
そしてこれまでカメラの前で決して語らなかった、
ワールドカップの真実を、
告白。
しかし、あれから半年、
男はいま人知れずもがいていた。
苦悩と葛藤。
そして、その先に見出した光とは。
本田圭佑、500日間に密着。
(ここで香川真司選手のドキュメントの紹介もありますが、
今回はカットさせて頂きます)
激動の2010年を終え、
新たなスタートを切った日本。
すべては2014年へ。
男たちの戦いを追った。
ナレーション:11月28日、
ロシアリーグ最終戦。
ピッチを覆う一面の雪。
気温はマイナス22度まで下がった。
この厳しい環境下で、
本田はスタメン出場となった。
経験したことのないピッチで、
それでも本田は果敢にゴールをねらっていく。
しかし、なかなか得点には結びつかない。
結局、試合はスコアレスドロー。
CSKA(チェスカ)モスクワは優勝には届かず、
リーグ2位。
一心不乱に駆け抜けた本田の1年が幕を下ろした。
その2日後、
通訳(?)の女性:本田さんは切符の買い方わかるでしょ?
本田選手:いや、わかるわけないですよ。
日本では乗りますよ。
そこ(切符売り場)まで行ってもっかい教えて下さいよ。
なんて言ったらいいのか。
オレがロシア語で言いますよ。
「1枚、1枚、1枚(ロシア語で)」
ナレーション:ロシアに来ておよそ1年。
本田は初めてモスクワの地下鉄に乗った。
本田選手:新鮮でいいですよね、たまには。
シーズンも終わったし。
シーズン中はね、やっぱり気持ち的にも張ってるから、
こういうこと自体できないです。
ナレーション:本田の目には全てが新鮮にうつった。
本田選手:(地下鉄の駅の天井を見上げて)結構きれいですね。
ナレーション:触るとご利益があると言われる、
犬の銅像。
モスクワの人々にも愛されている。
本田選手:これ触っといたほうがいいですか?(といって銅像の鼻をさわる)
(ここで地下鉄に乗る)
カメラマン:結構人が乗ってるんですね。
本田選手:めっちゃ新鮮。
ナレーション:ワールドカップ後、あまり多くを語ってこなかった本田。
ロシアで、どんな日々を送ってきたのだろうか。
今シーズンを振り返ってもらった。
本田選手:やっぱりポジションが自分のまず思ったところができなかったっていうところがやっぱり、
根本をずらされたって感じで。
自分が特別な選手じゃないから、
そういった強豪のチームで特別な役割を与えてもらえない。
消化できてないまま1年が過ぎたみたいな。
コメントできないですよ、ホンマに。
ナレーション:そもそも、
なぜ本田はロシアへの道を選んだのか。
ロシアリーグへの移籍が決まった今年1月、
ワールドカップを半年後に控えたこのタイミングで、
移籍を決断した理由を聞いてみた。
本田選手:自分が成長したいというのが、
第一の理由なんですけどね。
で思った以上にロシアのリーグが高かったということ。
ワールドカップで勝つにはっていうふうに思ってましたんで。
ナレーション:ロシアに渡る前、
本田はオランダにいた。
外国人ながらキャプテンを任され、
ゴールを量産。
圧倒的な存在感を示し、
本田はオランダで”皇帝”と呼ばれるまでになっていた。
だが本田はさらなる成長のため、
慣れ親しんだオランダを去った。
本田選手:もちろん、6月からワールドカップが始まる。
まあリスクですけど、
僕の人生なんてリスクそのものなんで、
これからもこのスタイルは変わらないですし。
ナレーション:ワールドカップまで半年、
本田はゼロからのスタートを選んだ。
食事も1人きり。
言葉も通じない。
ポジションが約束されているわけでもない。
全てを投げ捨ててまで手に入れたかったものとは、
いったい何なのか。
本田選手:「個」ですよ。
俺オランダ時代から、
ロシアもそうだし、ホント個にこだわってるんですよね。
点を取るのも個だし、
ドリブルでボール運ぶのも個だし、
ヘディングで競り勝つのも個だし。
もちろんスライディングでボール奪うのも個やし。
そういう全てにこだわってるんですよね。
個では負けたくないっていう。
ナレーション:世界の代表選手が集う強豪、
CSKAモスクワ。
本田はこの環境に身を置くことで、
個のレベルアップを求めていたのだ。
そしてその結果はすぐにあらわれた。
3月、ロシアリーグ開幕戦。
0対0のまま迎えた後半ロスタイム。
チームに勝利をもたらす値千金の決勝ゴール。
衝撃のデビューを飾ると、
その後も本田の快進撃は続いた。
短期間で成長する可能性にかけていた。
全てはワールドカップのため。
そしてあの歓喜の6月。
本田は日本を世界のベスト16へと導いた。
まさに時代の寵児。
本田は一躍、時の人となった。
だがメディアの前で多くを語ることはなかった。
そんな中、ワールドカップ直後、
本田がたった一度だけ、
あの激闘を振り返っていた。
最初で最後の、
告白。
本田選手:まあ、もっとできるとは思ってたんでね、
やっぱり残念な気持ちのほうが大きいですよね。
個人的にはね、やっぱりあと1つ2つ、
もちろん力的には劣ってましたけど、
それでもいける雰囲気とか、
そういう戦い方をチームとしてできていたから、
だからこそもうちょっと行きたかったっていうのはありますよね。
ナレーション:ワールドカップ直前、
日本代表は迷走していた。
テストマッチでことごとく連敗。
日本代表は窮地に追い込まれていた。
だが、カメルーン戦前日、
この日24歳の誕生日を迎えた本田の表情は、
驚くほど落ち着いていた。
本田選手:チーム一丸となってね、
戦うということ。
今までやってきた中で1番いい試合にしたいな、
というふうに思います。(当時のインタビュー)
本田選手:(カメルーン戦前日を振り返って)どちらかと言えば、
まあ良い言い方かどうかわからないですけど、
開き直ってました。
あのカメルーン戦に関しては前日の自分の誕生日の時にね、
なんとなくね明日いけるような気がするっていうふうな、
気持ちでいました。
ナレーション:本田は自分の活躍を予感していた。
確固たる自信。
やるべきことは全てやってきた。
本田選手:あとはやるだけじゃないですか。
ここまで準備したんで。
自分のなかではもう、
全てを超越した感覚でいたのかもしれないです。
プレッシャーというものをね。
ナレーション:そして前半39分、
その瞬間が訪れた。
本田のゴールが全てを変えた。
本田選手(試合直後のインタビュー):昨日も誕生日でしたし、
まあ『持ってるな』ということで。
ありがとうございました。
本田選手:カメルーン戦の勝ったということで、
1つにまとまることができたというふうに、
僕は思ってるんですよ。
まあ、あそこで大一番でホントに、
どんなゴールであれ、
点が取ることができて、
いろんな意味で状況が変わったんじゃないかなというふうには、
思ってます。
ここで前半部分は終了です。
本田圭佑選手が特集された「日本サッカー新時代」、
後半は次回のブログでお届けします!