本田圭佑特集!「オランダからの応援歌」 後編 [本田圭佑]
本田圭佑選手が特集された番組「オランダからの応援歌」。
(この番組は2010年のワールドカップ直前に放送されたものです)
前回に引き続き、
この番組の内容を見ていきたいと思います。
まだ前回の記事を読んでいないかたは、
そちらから読むと話の流れがわかりますよ。
本田圭佑が歩んできた軌跡の中に、
きっとあなたの心にも響くものがあるはず。
ナレーション:このシーズン、本田選手は36試合で16ゴールの大活躍。
チームを2部リーグ優勝へと導きました。
最優秀選手にも輝いた本田選手は、
フェンローの町の英雄となりました。
「いつでも、どこでも、誰でも、ケイスケ・ホンダ!」
(優勝イベントでの司会の掛け声。
しかも日本語。
そのあとは会場全体で本田選手の応援歌の大合唱)
本田選手:「アイ・ラブ・フェンロー!
フェンローのみんなに感謝してます!」
ナレーション:それから1年。
いまでも町の人たちは、
あの日のことを昨日のように振り返ります。
町の人:「あの日はみんながホンダ!ホンダ!と叫んでいた。
素晴らしいパレードだった」
バーの店主:「あの日、店のビールが全部なくなったよ。
あれほどのビールが売れるのは、
あのときが最初で最後だろうね」
町の人:「ホンダは人としても選手としてもすばらしかったわ」
レジデンス記者(地元新聞社のスポーツ担当):「優勝記事を書けたとき、
担当記者であることを嬉しく思いました。
私はフェンロー生まれだけど、
これだけのパレードをやることはもうないでしょうね」
ナレーション:本田選手がフェンローにもたらしたものは、
クラブの優勝だけではありませんでした。
町の人:「ホンダが来るまでフェンローは、
ドイツとの国境に近いこともあって、
ドラッグを買いに来るドイツ人が多く、
悪い印象の町でした。
でも本田選手が来てからは、
フェンローと言えばホンダがいる町として知られ、
印象が良くなりました」
ナレーション:そして去年12月、
ビッグクラブから注目されていた本田選手は、
ロシアの名門クラブに移籍していきました。
フェンローのファン:「ホンダがいなくなったのは残念よ」
町の人:「チームにとって、
ホンダが去ったことは残念だった。
でもホンダにとってはいいことだよ。
選手は常に上を目指すべきだからね」
ナレーション:本田選手のロシア移籍と入れ替わるように、
この町にやってきた吉田(麻也)選手は、
本田選手の存在感を強く感じています。
吉田選手:「もう町歩いてたら、
大体の人が僕のこと見たら『セカンド・ホンダ』っていうし、
やっぱりそれだけ本田さんが、
ここで何か残してきたっていう実績があるからだと思いますけど、
みんなの良い目標になってんじゃないかなと思います」
ナレーション:フェンローを去って4ヶ月。
この町の本田伝説は、
これだけでは終わりませんでした。
ハイ・ベルデン会長:「本田を獲得するとき、
所属チームとの契約が切れていたので、
移籍金はありませんでした。
でもロシアに移籍するとき8億円がクラブに入ってきました。
そのホンダの移籍金の一部を、
新スタジアムの建設費に充てます」
ナレーション:本田選手の移籍金を得たクラブは、
新しいスタジアムを建設することにしたのです。
観客の収容人数は今のスタジアムの倍にあたる2万人。
完成は2012年を予定しています。
(2015年現在も新スタジアム建設中で、
本田選手の銅像や記念館を建てる構想もあるのだとか。
本田選手とハイ・ベルデン会長は現在でも親交があるそうです)
町の人:「新しいスタジアムの名前はホンダ、ホンダ。
『スタジアム・ホンダ』だよ!」
町の人:「それはケイスケ・ホンダ・スタジアムね」
町の人:「ケイスケ・ホンダ・スタジアムだよ。
それができないなら最低でも銅像は作るべきだ」
ハイ・ベルデン会長:「ホンダはチームにとって、
とても大事な選手だった。
だから何かの形で彼の名前は残すつもりです。
新しいスタジアムについても良い案がないか考えます」
ナレーション:本田選手を今も英雄と称えるフェンローの人々。
本田選手にとってもこの町の2年間は、
成長の大きなステップとなりました。
本田選手はロシアでも大活躍を続け、
ワールドカップへの期待も膨らんでいます。
本田圭佑選手:「自分の中では、
今後ずっと、
なんて言うんですかね、
第2のふるさとじゃないですけど、
僕が戻ればね、
みんなが喜んでくれるっていうような、
そうであって欲しい、そう願ってる場所ですね。
僕は大好きですね、フェンローという町は」
ナレーション:そしていよいよ本田選手は、
声援を送り続けてくれる人たちのいる国、
オランダと戦います。
フェンローグッズを売る店の店員:「オランダにとって難しい試合になるわ。
日本にはホンダがいるんだもの。
でも2対1でオランダが勝つかな」
ハイ・ベルデン会長:「2対0でオランダが勝ちます」
カラブロ選手:「2対2、ホンダが2点決める。
それでオランダと日本がグループリーグを突破できたらいいね」
ヤン・ファン・ダイク監督:「その試合だけは、
オランダでなくホンダを応援します。
ホンダのサッカーに恋をした一番の人間ですから。
でもオランダは強いから、
2対0でオランダが勝つでしょうね」
ナレーション:対戦は6月19日。
対戦国オランダの人たちの声援を感じながら、
本田選手はどんな戦いを挑むのでしょうか!
以上で番組は終了です。
スター選手って試合以外でも活躍する存在だということが実感できる番組でした。
フェンローの町では本田選手のように大活躍した選手が、
町の人達の心の支えになっているのですね。
また小さい頃からサッカーを頑張ってきた努力が報われるのは、
素晴らしいことだと思いました。
もちろん今現在も努力を継続中の本田選手。
これからも本田選手にはもっと活躍してもらいたいですよね。
イタリアでも英雄になれるように応援しています!
さて、オランダのVVVフェンローを去った本田圭佑選手ですが、
その後ロシアのCSKAモスクワへ移籍。
本田選手がモスクワへ移籍した直後、
「SUPERうるぐす」という番組でインタビューを受けていますので、
その模様もご紹介したいと思います。
本田選手:僕がもし(ロシアリーグに)行けば、
色々な刺激がもらえて、
本当に大きな成長が期待できるんじゃないかなと。
いうのは感じてましたね。
すっごい(ゴールに)飢えてますね。
こうまで飢えるものなのかというぐらい飢えるんで、
逆に自分がたまに怖くなりますからね。
やっぱ勝負の世界ですから、
よりやっぱエゴイストにやらないといけない部分も、
僕は必要だというふうには思ってますから。
ちなみに本田選手はこのインタビューのあとに行われた、
ロシアリーグでのデビュー戦で、
みごとゴールを決めています!
さらに本田選手がまだオランダにいた頃、
現地オランダの番組で、
ヨハン・クライフ選手についてインタビューされていたこともあります。
(ヨハン・クライフ選手とはオランダの伝説的サッカープレーヤーで、
現在は指導者として活躍している人)
本田選手:でもリアルタイムで(クライフ選手の)プレーを見たことはないんで、
父親と一緒にDVDを借りに行って、
家で一緒に見たり、
まあそういう記憶は、
子供の頃の記憶はあります。
プレースタイル的には少し似ているのかなっていうのは、
自分でももちろん感じますし、
将来ああいうすごい選手みたいになりたいなっていうふうには思いますね。
このほかにも、
オランダ時代の本田圭佑選手のインタビューは数多く残っています。
今回はこのへんで終わりにしたいと思いますが、
またの機会にご紹介していきたいと思います!